Another skyを探す旅

激変する世界を生きるヒント。それは自分の足元にある

「始末のこころ」を大切にする発想。 難しいことだけど、重要なヒントがある

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「始末」というのは、ものを無駄にせず大切にするということ

 

今日は、

何かを処分する、という意味ではなく、ものを大切に扱うという目線で「始末」ということを考えてみます

 

2021年4月25日の日本経済新聞NikkeiTheSTYLEの記事「始末のこころで暮らす」を参考にします

 

 

 

 

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さまざまなものにあふれている日常生活にあって、ものを大切にするというのは、実はとても難しい

 

主に関西で昔から伝えられた精神で、商家の家訓ともされた「始末」の考え方ですが、物事の本質を知るという意味でも、すごく考えさせられる

 

なぜなら、「始末のこころ」というのは、単に節約するだとかロスを減らすという意識を超えたところにあると思うからです

 

 

 

 

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記事では、大阪料理会の研さん会のことが書かれています

大阪料理会というのは、大阪の名店の料理人が集まって料理をつくり、意見交換する場です

 

ここでつくられているのは、食材の端材を使った料理です

例えば、「雲鶴」の料理長がつくるのは、

春キャベツの硬い芯の部分や外葉の部分を干して乾燥させ、だしなどに使った蒸し料理、であったり、

 

だしを取った昆布をミキサーに入れ、砂糖を加えて餡にした桜餅であったりです

 

ふだん家庭では端材として捨てられがちな部分であっても、実は食材が持っている本質的な良さを見極め、料理として完成させる

 

それは単に、余りものの再利用の域を超えています

 

 

参加している料理人は、こんな意味のことも言っています

「まかないで始末の料理をつくるよう指示すると、端材を何でもかんでも味噌汁に入れる子がいる」

 

「野菜の皮、魚の骨の周辺。そういったものを生かすには、どうすればいいか。素材に心を寄せないと、本当の始末はできない」

 

 

実は、我々がふだん決めつけているのは、結果的に物事の本質を見極めていないだけだった

 

そんな日常を過ごしていないか

 

「始末のこころ」に目を向けるとき、我々のまわりに無秩序に積み上げられているさまざまなモノやコトが、有機的につながりだすかもしれない

 

その先に、なにか大切なものがある気がするのです