Another skyを探す旅

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地球の本心は、「人間がウイルス、コロナはワクチン」なのだろうか?

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今週末、首都圏では外出自粛要請が出されています

 

感染が急拡大する、いわゆる「オーバーシュート」が目前だと言われています

 

 

これは日本に限ったことではなく、アメリカやヨーロッパ各国では、いたる所で「都市封鎖」がなされています

 

 

中部国際空港では、国際便の離発着がゼロになったようです

 

 

コロナウイルスは、世界の人、物、金の流れを寸断しています

 

 

そんななか、今週Twitter だったかな?で、投稿を見ました

 

 

それが、「究極、地球にとって人間がウイルス。コロナはワクチン」というものです

 

 

今日は、これについて考えてみます

 

 

コロナは「グローバル化」を否定するか?

 

 

今、多くの都市がロックダウンの状態に置かれ、仕事、学校は停止や休校。外出が制限される地域が相当増えている

 

 

www.glocal2019.com

 

 

 

中部国際空港のことにふれましたが、世界の航空会社はほとんど業務停止の状態です

 

 

www.glocal2019.com

 

 

 

製造業を考えても、中国など多地域展開しているグローバル企業や、そのサプライヤーは、部品の供給網を寸断された状態にあります

 

 

国内のみの中小であっても、海外から資材が入ってこないので、生産が滞っている

 

 

日本国内をみても、旅行会社やホテル・旅館は軒並みキャンセルですし、インバウンド需要に依存してきた事業者は、苦境に立たされています

 

 

www.glocal2019.com

 

 

 

これまで、グローバル化の名の下に、多くの人、物、金が世界中に流れていました

 

 

内向きといわれてきた日本でさえ、外国人との関わりなしでは、社会経済活動が成り立たちません

 

 

我々、日本人は、どうでしょうか?好き嫌いなど言うまでもなく、世の中はグローバル化していくもの。そんな風に考えていたのではないでしょうか?

 

 

かぜ程度とも揶揄されるウイルス感染症が、そんなグローバリズムを完膚なきまでに切り裂いている。そんな印象を持ちます

 

 

「人間がウイルス、コロナはワクチン」という発想

 

 

地球にとって、人間はウイルス程度の存在なのか?

 

太古から、あらゆる生命体は進化の過程を辿ってきました

 

そのなかで、栄枯盛衰があったのも事実ですね

 

 

恐竜が絶滅した一方、小動物や植物、昆虫、細菌など、環境にあわせて変化しながら、現在に生命をつないでいる種も少なくない

 

 

地球の長い歴史から考えると、人類のルーツである霊長類が現れてから、まだ、たった1億年しか経っていない

 

人類など、ほんの新参者ということになります

 

 

壮大な地球にとってみれば、人類などほんのウイルス以下の存在かもしれないし、コロナウイルスもまた、ちょっとしたワクチン程度のものなのかもしれない

 

発想を逆転させると、「人間がウイルス。コロナはワクチン」は、地球にとってみれば至極当たり前のこと、かもしれません

 

 

コロナがなくても、世界は内向きになりつつあった

 

 

そもそも、僕は思うのですが、コロナ以前からも世界は「内向き」に向かいつつあったのではないでしょうか?

 

 

最近の例では、イギリスのEU離脱。ブレクジットですね

 

 

米中貿易戦争も、結局のところは米中の覇権争いで、両国とも自陣チームへの取り込みに躍起になっていました。その象徴が、ファーウェイに代表される5G戦争です

 

 

覇権、とはなにか?

 

グローバル化の名の下に、実は多くの国や企業が、この「覇権争い」をやってきた

 

覇権とは、結局のところ独り占め

 

究極の内向き思考、と僕は思います

 

 

それは、企業であっても同じこと

 

例えば、製造業

 

自動車メーカーのサプライチェーンは、多くの国や地域にまたがって構築されています

 

 

ASEANなどではタイなんて、自国内で多くの部品を調達できたりしますが、それでも調達率が100%というわけでもない

 

 

企業は、人件費など生産コストの安い国へ生産拠点をシフトしています。それこそ、アメーバやウイルスのように、柔軟に他地域へ展開していきますね

 

行き着く先は、メーカー同士のシェア争い。覇権争いですね

 

もっとも、企業のグローバル化が、発展途上国の所得レベルを引き上げたり、生活水準を向上させたりする、それも否定できませんね

 

ただ、

チャイナ・プラスワンといわれていた時代から、生産コストの安い地域を求めて、例えばタイ・プラスワン。そして次の地域へ。結局はそんなことの繰り返しなのですね

 

しかし、

 

コロナウイルスが蔓延し、世界が寸断されたいま、

 

我々が考えるのは、

グローバル化とはなんなのか?

 

そして、グローバル化は、人々を幸せにするか?

 

それとも、幸せなグローバルと、不幸せなグローバルがあるのか?

 

いったい、我々は、どこへ向かおうとしているのか?

 

 

外出自粛のいま、できること

 

どうせ週末、家にいるのなら、なにをするか?

 

自分なら、何をするか?

 

例えば、料理を作ってみる

 

ふだん、外食に頼りきりな人であれば、そんなささいな時間が、なにかすごく大切なことに気付くかもしれない

 

植木鉢の手入れをする

 

植木鉢のなかには、植物もちろん、土や、その中に暮らす微生物もいるはず。そこは、いってみればミニ地球でしょう

 

そんな、日常のささいなことをていねいにやっているうちに、意外とそれらが楽しいことに気付く

 

自分の足元に、じつは幸せになる環境があったことに気付く

 

自分自身が、どうしたら幸せになれるか。そんなことを考えているうちに、他者の幸せを願うことが、自分の幸せの大切な一部だと知る

 

人は、一人では生きていけない

 

他者とは?

 

自分のご主人や奥さんや子ども、家族。恋人。友人。地域の人々。日本の人々。そして、世界の人々。そんなつながりが広がっていくこと。それが、結局のところ、グローバリゼーションなのではないかと

 

そんなことを思うのですが、いかがでしょうか