Another skyを探す旅

激変する世界を生きるヒント。それは自分の足元にある

米国の労働市場は絶好調、は本当なのか?一週間の投資の振り返り。

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このブログでは毎週月曜日の定番となっている、一週間の個人的な投資の振り返りをやってみます。

 

ご自身の投資は、自己判断・自己責任にてお願いします。

 

ただ、個人的な投資の振り返りといっても、現在はほとんどポジションを保持していません。

 

つまり、日本円で置いています。

 

日本円で置いていくこと自体がポジションの偏りではないか?そう言われるとその通りなのですが、どうしても今は動けないのです。

 

個人としての投資の能力も多分にあると思いますが、

今の市場環境をみるかぎりにおいて、自信を持って投資できるだけの判断というか、材料がないのです。

 

たしかに、足許では米国の株価も、仮想通貨の価格も上昇しています。

しかしどうしても、この局面で買いたいと思えないのです。

 

ただし、これはあくまで個人の考えなので、きっとこのような地合でも利益を出している投資家はいることでしょう。

 

すごいと思いますが、自分には無理です。

 

ここは簡単に手を出せる局面ではない。以前からもこのブログで言っていますが、その考えに変わりはありません。

 

昨年からリスク資産は随分と値を下げてきましたが、はっきり言ってまだ下がる。そう思っているというのが結論です。

 

 

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では、一週間で気になったニュースを見ていきます。

 

2月3日には、米国の雇用統計(1月分)が発表されました。

米国の雇用者数は、事前の市場予想18.3万人を大きく上回る51.7万人増。失業率3.4%は、実に53年ぶりの低水準です。

 

インフレ率が低下に転じ、

米国の景気はリセッション(後退局面)に向かっているのではなかったのか?ここに大きな疑問符が打たれる結果となったのです。

 

雇用者の増加は、幅広いセクターでみられ、特に娯楽や医療分野などで顕著だったようです。

 

昨年からFRB政策金利を引き上げてきた。それにともない、事業資金だけではなく住宅ローンなど広く米国の借入コストが上昇してきました。同時に、住宅市場の伸び悩みなど消費需要の減退が見え始め、パウエル議長の発言にも見られるように、これまでのタカ派からややハト派に転じるかのようなムードが広がりつつあったのです。

 

そこへ来て、この雇用統計の数字です。

 

当面、最大の注目となるのは2月14日のCPI(米国消費者物価指数)です。

今回の雇用統計と、物価上昇率。それを踏まえて、FRBに対する利上げ圧力が見極められることになります。

 

 

 

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14日のCPI値発表に、非常に注目しています。

 

というのも、FRB政策金利の上昇幅4回連続0.75%から0.5%に転じ、直近で0.25%と上昇の軟化に至る大きなきっかけとなったのが、11月のCPIだったと考えています。

 

個人的にはCPIの発表後に、1年以上保有していた米国株ETFのTMV(米国長期債ベアファンド)をすべて手放しています。

 

www.glocal2019.com

 

 

それくらい、CPIを注視しています。

 

雇用統計の話の戻りますが、

これまで米国のテック系企業、とくにGAFAMと呼ばれるビッグテックでは大規模リストラを発表したばかりです。

アルファベット(google) 12,000人 2023.1.20

マイクロソフト 10,000人 2023.1.19

アマゾン 18,000人 2022.秋~

メタ(facebook) 11,000人 2022.11~

 

もちろん、これらテック企業はコロナ禍の需要増でIT需要が拡大したことを背景に、従業員を大幅に増やしてきた経緯があります。

しかしそれにしても、という感が否めません。なぜ、ここまで米国の雇用環境が強いのか?それとも、データになんらかのトリックがあるのか?そこまで考えたくなるほどです。

なにせ、事前の市場予想とは30万人以上の乖離があります。どちらかが異常値であることに間違いありません。

 

そこは、これからはっきりしてくるでしょう。

 

とにかく、今の市場は指標の発表如何によって大きく乱高下します。

個人的には、投資しないのではなく、分からなくて投資できないのです。

 

ブレ幅が大きすぎる。

 

それによって、絶好の買い場を見過ごしたとしても、それはしょうがない。自分に負えるリスクを超えています。

 

ここまで疑心暗鬼になるのも、そもそも自分がまだ、暴落目線を変えていないから。

とんでもないことが、この先起こるかもしれない。そういう、ある種のパラノイアというか、恐怖症的な感情を拭えないからなのです。

 

 

お金に苦しい原因には気付きにくい。気付かないから、お金に苦しい。

コロナによって、というよりコロナ以前からというのが実態ですが、

個人であっても会社であっても、お金のやり繰りに忙しい人(会社)というのはいるものです。

個々の要因はあるにせよ、
ほぼ共通しているのが、「固定費」が高い。


贅沢な金遣いをしているように見えても、それ以上の入金力があれば、基本的にキャッシュフローは回ります。

逆も然り。

入金力が多くなくても、金遣いがおとなしければ資金繰りは回っていくものです。

会社も同様。

損益計算書ではプラスの決算になっている会社でも、潰れる会社はあります。

これが、資金繰り倒産と呼ばれるものです。

つまり、儲かっている以前の問題として、一見当たり前に感じる日々の収支を整えられなければ、経済的に破綻します。

難しい話ではありません。

自分では節約しているつもり。
だとすれば、固定費に見直す余地があるかもしれない。
何か大切なことに気付いていないのかもしれない。

毎月の当たり前の支払いが、本当に当たり前なのか?そこを疑ってみる。
実は、どんな人にも会社にも、当たり前ではない支出があったりするものなのです。

繰り返しますが、
個人であっても会社であっても同じことです。

人間には「ゴールをずらす」くせがある。それを認める。

人間は、往々にして最初に決めたゴールを途中でずらす習性があります。

人間の決心などというものは、その程度にいい加減だったりするものなのです。

それが好結果を生み、俗に言う結果オーライになったという場合もある。しかし、ゴールをずらしたばかりに取り返しのつかない泥沼にはまってしまうこともある。

そうなると、普通の人間ではメンタルコントロールが効かなくなってしまいます。

この心の動きというのは、投資をする人なら心当たりがあるはずです。

投資対象が思いのほか値を上げている。こんなところで売ってしまうのはもったいない。
こういう心理です。

予期せぬ暴落というのは、こういう場面で起こりやすい。

思いのほか値を上げているというのは、単なるオーバーシュートの可能性が高いのです。

投資だけでなく、人生においても精神を平静に保つことは、重要ではあるものの大変難しいことでもある。

経験が長い投資家であれば、一部を売却し利益を確定させる手法を使います。

損をしないためというのももちろんですが、精神を保つためでもあります。

勝てる投資家ほど、自分自身のメンタルが弱いことを知っている。
自分のことをどこかで信用していない。

自分のメンタルなどというものは、所詮その程度のもの。ここを立ち位置にすれば、
メンタルに過剰な負荷を掛けないようにする、自分への気づかいという感覚が生まれます。

繰り返しになりますが、
自分というのは、あなたが思っているほど強くない。

ここを冷静に認識することが大切だと感じます。

自由・不自由にも格差がある。

人間誰しも、日常を逃れて非日常への逃避に憧れを持つものです。

そして現状を様々な社会的制約に縛られている現代人だからこそ、
非日常イコール自由
という発想に至りがちです。

日常からの解放という意味では、たしかに相通じる点もあるのです。

これが駄目だということではありません。むしろ、当たり前のことでしょう。

しかし、この自由というのがなかなか厄介です。

自由が日常になると、今まで社会のしがらみの中で生きて来た我々は、立ち止まることになるのです。

自由を許される環境にある人間にとって、大切なのが、
自由を操る能力
なのです。

自由があるとはいえ、普通の一般人であれば社会的、経済的、時間的な拘束から完全に逃れるのは不可能。
いくら自由といっても、お金が無尽蔵にあるわけでも、時間が永遠にあるわけでも、何をしても許されるわけでもないので、

自分をいかに上手く「泳がせる」かが大切になるわけです。

では、どうやったら上手く泳がせることができるのか?

それこそが人生そのもので、その人の知性が発揮されるところなのでしょう。

自由な人。他人からそう見えていてもその内情は、個人によって自由不自由の厳然たる格差が生じているものなのです。

自分の人生を急激に変化させる必要はない。


ある日突然、会社を退職する。

ある日突然、会社を設立する。

ある日突然、海外に移住する。



その行動力、スピード感は素晴らしい。
自分が望む、望まないに関わらず、時代がすごいスピードで変化しているのも事実です。

ただ立ち止まっていては置いていかれる。そんな感覚を持ってしまいます。

何かを一括で捨ててしまい、裸一貫で別の世界に飛び込む。

そんなことができる人だからこそ、成果が目に見えて分かりやすいのかも知れません。


しかし一方で、その反作用も大きくなるという事実は無視できません。

急激な変化には強靭なメンタルも必要です。

むしろ、初動においては、数ある選択肢を用意し、そのなかから現時点での自分が許容できる答えを選ぶ。

それが「現実主義」というものではないでしょうか。

自分として無理しないところから始めてみる。

どこかの時点で、あまり負荷を掛けずとも加速度が付いてきていると気付く時が来るはずです。

要するに「閾値(いきち)」を超えるということです。

時間はまだある。急いては事を仕損じるということわざもあります。

米国のインフレ率はもう戻らない。投資の振り返りをやってみる。

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このブログでは毎週の恒例にしている、1週間の投資環境の振り返りをします。

 

ご自身の投資は自己判断、自己責任にてお願いします。

 

足元で、米国株も欧州株も日本株も、仮想通貨も値を上げてきました。

 

投資家の判断は様々で、飛び乗りで買いに入る人もいれば、まだ様子見を決め込む人。いろいろですね。

 

それくらいに、今の方向感を読み切るのは難しい局面ということですね。

 

TouTubeなんかでも、これから上昇局面に入るとうたうチャンネル。大暴落が来ると予想するチャンネル。これも多種多様なのですね。

 

いったい、どっちなんだ?

 

個人的な見解を言わせてもらえば、暴落派ですかね。

今になって言い始めたわけではなく、昨年初からまったく目線は変わっていない。株も仮想通貨も、まだ暴落しきったなんてとても言えない。

 

ということは、米FRB(連邦準備委員会)の金利政策も鉾の収めようがない。

政策金利を下げようがなくなる。

 

米国の景気は確実に悪くなっている。テック系はじめ、製造業など他業種で派手なリストラが断行されています。

今はまだ3%台に留まる失業率も、今後急上昇するかも知れない。

 

となると政策金利が下がるし、株価も仮想通貨も下がる。

 

しかし、本当に政策金利が下がってくるのか?いつ下がり始めるのか?この辺がはっきり見通せない。

 

そもそも、米国の消費者物価指数CPIは2022年6月の9.1%の最高値から下降基調に入りつつあるとはいえ、いまだに6.5%です。

 

米国のインフレがこの先落ち着くのか、政策金利がどのように推移するのか。ここが、株価、仮想通貨等のリスク資産価格を決める重要なポイントになります。

 

 

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その米国のインフレ率ですが、この先もう2%には戻らないという声があります。

2%というのは、これまで米国で正常とされてきたインフレ水準です。

 

FRBもこの水準をインフレターゲットとして、政策金利をコントロールしてきたのです。

ところが、もう2%台には戻らないのではないか。そのような認識が世界経済フォーラム(ダボス会議)参加者の大半の意見だったようです。

 

2023.1.25日本経済新聞から、「FINANCIAL TIMES」のコーナーでは常連のジリアン・テッドさんの寄稿を参考にしています。

記事のタイトルは「インフレ4%『新常態』も」です。

 

これだけ見ても分かりますが、今後のインフレ率は4%から5%。これが、これからのインフレ水準。つまり、米国のインフレはこれからも高止まりするということを示唆しています。

 

インフレ水準をめぐる目線にも投資家によって様々なのが現状です。

記事は、最後にこのような言葉で締められています。

(以下引用)

「世界が過去のような低インフレ時代に戻ることに今賭けている債券投資家らは、新たな政治経済の性質を無視しているのかも知れない」

「今は景気循環ではなく構造的な変化の節目にあるかどうかに目を向ける必要がある。」

女史の言葉通りに先の未来が進むとすれば、FRBは極めて難しい舵取りを迫られます。

先週の記事でも書きましたが、ハーバード大学教授のカーメン・ラインハート女史の指摘通り、もはやソフトランディングは不可能かもしれない。

 

www.glocal2019.com

 

 

混沌とした時代を乗り越える。高騰したインフレをなだめる。それが米国の中央銀行たるFRBにとってもいかに困難なことか。

そこに思いを向けると、やはりこの先大混乱が起こるだろう。個人としては、現時点でそのように考えざるを得ないのです。

 

少数の批判者に耳を貸す必要はあるのだろうか?結論、自分の決めた道を信じるしかない。

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僕たちの前に、しばしば批判者は姿を現します

 

 

一見、自分のことを心配しているアピールを発する人もいるし、露骨に批判してくる場合もある

 

もっともらしい根拠がありそうなものもあれば、何もなさそうなものもある

 

 

批判してくる人間とは、どんな人達なのだろう

 

そんなことを考えます

 

 

もちろん、ほんとうに自分のことを心配して、「忠告」として何かを言ってくる人もいるでしょう

 

 

が、ここで考えてしまうのは

 

 

批判してくる人の心理として、少なからずその人たちの「自己都合」に引っ張り込もうとしていないか

 

 

批判という、言ってる本人たちがさして傷つかないオブラートに、自分の都合を包んで、何かを言ってきていないか

 

 

嫉妬だとか、自信のなさだとか、依存だとか、責任逃れだとか

 

その点は留意する必要がある

 

 

個人の意見として、というか僕であれば

 

 

そのような人の言ってることは、聞き入れない

 

 

自分が決めた道を信じるしかない

 

 

自分の責任は、自分にしか取れない

 

少なくとも、批判してくる人が責任を取ることはありえない

 

 

であれば

 

 

絶対に自分の決めたやり方で結果を出すと信じて、進む。その結果と責任は自分が受ける

 

この一択ではないかと