人間誰しも「疲れた」と思うことはあります。
毎日をあくせく生きるだけで我々は精一杯です。
疲れたという感覚に嘘をついて無理に頑張るのは、人間の本能として不自然な気がします。
とはいえ、疲れた時に躊躇なく休める人も世の中そう多くない。そんなことが許される環境ばかりではありません。
言葉あそびのような話ですが、
やはり「疲れた」という心身の状態は、なにか邪気に「取り憑かれた」感覚に通じるものがある。
何かに取り憑かれたスピリチュアルな経験談もないのですが、
しかし疲れた状態というのは、言うまでもなく心身ともにコンディションが落ちています。
人が邪気に取り憑かれた状態というのも、当然ながら本来のポテンシャルを発揮できるわけがないでしょう。
「疲れ」の兆候は、個人によって現れ方に差が出ます。
疲れが目に来る人、首や肩に来る人、また風邪をひいたり胃腸が不調になる人、千差万別です。
それは、その人が持つ特有のセンサーのようなものなので、
そこを無視しても、なかなか発展的な成果は得られにくいでしょう。
そのようなシグナルを感じたら、やはり何とか対処したい。
かといって、ちょっとくらい休んだところで、邪気を振り払うように完全に真っ白に回復できるとも限らない。
年を取ればなおさらです。
現代人にとって、
疲れに対しては、できる範囲で「中和させる」という感覚もあり得る気がします。
人間というのは、そもそも清濁を併せ持った生き物なので、
悪いものをきれいさっぱり取り払うというのもなかなか難しいと思うのです。
それよりも、自分ができる範囲で工夫してみて、疲れを中和させ、心身を少し軽くしてみる。
中和する方法も、また人それぞれ。
お風呂が好きな人もいれば、近所のマッサージ店の常連という人もいる。スポーツによって心身のバランスを整える人も多いでしょう。
せっかくの休息中に、さらに何かに取り憑かれたというのは本末転倒なので気をつけたい。
例えば、スマホは目の疲れを増長します。
言いたいのは、
自分なりの「中和法」を、自分の心身と相談しながら見つけること。
そして、完全なゼロリセットを目指して無理でも、自分なりのやり方で整えられたら、今日のところはそれで十分だと知る。
ことではないでしょうかね。